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七人の侍 [選挙]

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 時は戦国時代。二十数軒の農家からなる集落を,刀や槍を持った侍たちがのし歩いている。ある者は農民の前で槍を振り回し,ある者は農民が用意した食事をとっている。農民たちはいつも栗や麦を食べ、米の飯は盆と正月しか食べることができないのに、侍は大きな顔で米の飯をほおばっているのである。そのうち,数名の農民が村から逃げ出そうとした。見つけた親玉らしい侍が,刀をぎらりと抜いて追いかける。侍が何か叫ぶと,農民は力なく戻ってきた。
 侍に搾取(さくしゅ)される哀れな農民の姿を,ここに見ることができそうである。そのような時代に生まれなかった幸せをかみしめたくなる。上の情景は,黒澤明(くろさわあきら)が監督した名作映画「七人の侍」(東宝、1954年)のものである。この映画は、数々の国際映画賞を受賞している「世界のクロサワ」の代表作である。
 しかし、この映画で黒澤は7人の侍が農民を働かせる姿を描いたのではない。農民が侍を雇い働かせているのである。この村は,毎年,米や麦の収穫を終えたころに野武士に襲われ、丹精込めて育てた穀物を奪われてきた。戦(いくさ)の経験もない農民たちには,野武士に対抗するすべはなかった。しかし,ある年,農民の1人が,野武士に根こそぎ収穫物を奪われるくらいならば,侍を雇って野武士を追い払おうと提案する。そんなことは無理だ,と主張する村人もいて意見は分かれたが,村の長老の決断で戦うことに決した。農民たちは飯をたらふく食わせると約束して7人の侍を雇い,村へと連れてきたのである。
 村に来てからは,侍たちは,野武士の襲撃に備えて農民たちに村の周りに堀をめぐらさせ,柵を設けさせる。また,竹槍を持たせて戦い方を教えるのである。しかし,彼らには,戦の専門家として村人に戦い方を教えることだけが期待されていたわけではない。
 農民たちの中には,野武士と戦うことに尻込みする者もいた。農民が自分の利益を最大にしようと考えて行動するとしよう。農民は,たとえ戦争を恐れる臆病な農民でなかったとしても,「自分一人くらい戦いに参加しなくても,残りの農民がみんなしっかり戦ってくれれば問題はない」と考える。幸運にも戦いに勝てば,自分は戦いで傷つくコストも被らずに,野武士たちの襲撃から自分の作物を守れるからである。戦いに負けた場合も,戦闘に加わらなければ殺される確率も低いであろう。
 しかし,残念ながら世の中はそれほど甘くはない。他の農民も同じように考えて,戦わないからである。そうなると,いくら手練(てだれ)の侍が7人いても,村を守ることはできないであろう。そこで侍たちには,村人が自分だけ戦いから逃れて「ただ乗り」(フリーライド)することを防ぐ役割も期待される。訓練せずにさぼる村人に,侍は「さぼるんじゃない」と叱咤(しった)するのである。
 映画では,さらにドラマチックなシーンが展開する。侍は,村を守るためには川向こうにある3軒の家はあきらめて,川のところに防衛線を引く作戦を立てる。そのことを知らされた川向こうの農民は,「自分の家捨てて他人の家守るために,こんなものを担ぐこたあねぇ」と竹槍を投げ捨てた。これを見た侍のリーダーは,「待て,その槍を取れ,列へ戻れ!」と叫び,刀を抜きはなったのである。「あの3軒を守るために,村を滅ぼすわけにはいかん。村なくしてあの3軒が生き残る道もない。他人を守ってこそ,自分も守れる。戦とはそういうものだ。おのれのことばかり考える奴は、おのれをも滅ぼす奴だ。そういう奴は・・・・・・」と大声を響き渡らせつつ,侍は逃げようとする農民たちに向かって走ったのである。農民たちは,あわてて槍を拾い列へ戻ることになる。「七人の侍」の見せ場の一つである。
 この場面を,事情を知らずに見ていれば,侍が農民をいじめるだけの図になる。しかし,見てきたように,ここでは侍は農民たちがさぼったり,個別の事情で協力しない行動に出たりすることを防ぐ役割を果たしているのである。侍が,剣や槍を持ち武術にすぐれているがゆえに,ただ乗りを効率的に防げるのである。そしてそのことは,結局は農民の利益を守ることになっている。野武士の襲撃から村を守るという「共通の目的」は,その村に住んでいる農民たち「本人」だけでは実現できない。それは,本人が戦になれていないからだけではなく,「ただ乗り」を防ぐことができないからである。そこで,「代理人」として侍を雇い,戦の仕方を教えてもらうだけではなく,みんながさぼらないように強制してもらうのである。

序章 「七人の侍」の政治学 INTRODUCTION
『政治学』(初版)有斐閣2003
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