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マクロ政策では実現不可能な「インフレ誘導」と「デフレ退治」 [レビュー]

 「生産性上昇により人口減少に対処」「経済成長率至上主義」と並べて疑問を呈しておきたいのが、マクロ政策による「インフレ誘導」、あるいはそのマイルド版である、マクロ政策による「デフレ退治」です。前者は、所得が一部富裕層の貯蓄として蓄積するばかりで消費に回らないことを問題視し(それ自体は正しい認識ですが)、ある程度のインフレ状態(物価の上昇)をもたらすことで、「貯蓄が目減りする前に使ってしまおう」という行動を喚起しようとするものです。これを主張する方々が「リフレ論者」です。
 そうできたら本当にいいですよね。でも「インフレ誘導」というのは、どうやったらそういうことになるのか道筋が見えない提言です。これは「生産年齢人口減少→構造的な供給過剰→商品・サービスの単価低下」という現象が続いている日本において、「余っているものでも何でも値段が上がる」という状況を作るということですよ。たとえば標準価格米の古古米でも値段が上がるというような事態を何らかの手段で実現できると、本気で唱えていただかねばならないことになります。
 その際に、「日銀が金融緩和をして貨幣供給を増やせば物価は上がる」というようなナイーヴなことをおっしゃっても説得力はありません。日本が実質的なゼロ金利状態になってから十数年、景気の悪かった時期はともかく「戦後最長の好景気」だった〇二―〇七年にも、その中でも個人所得の大幅な増加が起きた〇四―〇七年においてさえ、一向にインフレ傾向にならなかったということを、どうお考えなのでしょうか。その理由が、所得が高齢者の貯蓄に回ってしまったことと、生産年齢人口減少→構造的な供給過剰にあることは、すでに延々と説明してきた通りです。この高齢富裕層ときたら、金融資産が〇八年の一年間で一一〇兆円、七%も目減りしたというのにまったく実物消費をしようとはしなかった(実際問題その間も小売販売額は増えていません)、筋金入りのウォンツ欠如、貯蓄=将来の医療福祉負担の先買い死守、というマインドの連中ですよ。仮に「インフレ期待」が醸成されたとしてもじっと耐えて金融資産を抱えるだけなのではないでしょうか。
 話を簡単にするために、「生産しているのは車だけ」という国を考えましょう。その国では、ベビーブーマーが高齢者になって退職する一方で子供が少ないために生産年齢人口がどんどん減っており、車は全自動化ラインでロボットがどんどん製造できるのですが、肝心の車を買う消費者の頭数減ってしまっています。結果としてメーカーには大量の在庫が積み上がり、仕方ないので折々に採算割れ価格で叩(たた)き売って処分されているものとしましょう。当然その国のマクロ論者からは「わが国はデフレである」という解釈がなされますね。ではその国の政府が札をどんどん刷れば、車の叩き売りは行われなくなって販売価格は上がるのでしょうか。答えは、仮に政府が刷ったお札を公共事業か何かでどんどん使って国民にばらまいたとしても、それを受け取った国民が車を買う台数には生産年齢人口減少という制約がかかってくるので(もう車を十分に持っている人は車ではなく何か他の製品を買うので)、やっぱり車はそうそう売れないのです。何か他の人気商品の価格は上がり、結果として総合指標である「物価指数」も少しは上がりましょうが、国の主要産業である車産業の製品価格が低迷を続ける事態には何ら変わりがありません。
 車だけではなく、住宅でも、電気製品でも、建設業でも、不動産業でも、およそ戦後の生産年齢人口激増期に潤ってきた多くの主要産業が、同じように顧客の頭数の減少→需要の減少というミクロ要因に悩んでいる日本の状況はこのたとえ話と本質的には同じです。
 もちろん、中国を筆頭としたアジア各国や中南米、ロシアなど、国民の消費水準や生産能力がまだまだ低く、満たされていない潜在的なウォンツが無尽蔵に残っている国では、外貨不足による輸入品の値上がりや財政赤字積みあがり→政府による所得再分配機能の低下があれば、いくらでもインフレ(需要>供給)という事態は現出するでしょう。足元の中国は外貨準備は豊富、政府も黒字ということでそのようなことにはなっていませんが。ところが仮にそのようなことが起きれば、ますます相対的な円高が生じてしまい、日本国内の物価は輸入価格の下落でさらに下に貼り付いてしまいます。
 では資源や食糧の価格が需給逼迫(ひっぱく)で再び高騰するというのはどうでしょうか?
 エネルギー価格の高騰はまた何度も起きることでしょうが、最近までの石油高騰が諸物価まで巻き込んだインフレにつながらなかったように、三五年も前の生産年齢激増期に起きた第一次石油ショックを再現することは極めて困難です。最近までの「好景気」の時期を考えても、石油が突出して高くなったので、さまざまなモノやサービスの価格を平均した総合指標である「物価指数」も引きずられて上がりましたが、ここでも平均値の上昇が全体に波及するということは起きませんでした。生産年齢人口の減少による恒常的なな需要減圧力に加えて、日本の誇る技術力を活かした迅速な省エネ対応が、資源価格高騰を減殺してしまったからです。今後も同じことが繰り返されるでしょう。
 同じく価格高騰の可能性の高いレアメタル(希少鉱物)に関してはどうでしょうか。そもそもこれらは、化学燃料依存を脱して自然エネルギーの利用に移行しようとすればするほど、バッテリーなどへの使用量が増えていくものであり、代替物を探すのも困難です。ですが、レアメタルは都市鉱山(過去に出されたゴミの山)や海水から採取することが技術的には可能ですので、値段の高騰次第では国内生産に採算性の芽が出てきてしまいます。
 食糧に関しても、仮に価格の高騰が定着すれば、本来世界的に見て農業の一大適地である日本国内での生産が復活していくことになりますし、現在の膨大な食品廃棄も見直されていくでしょう。またそもそも、年間二〇兆円未満(輸入九兆円+国内生産一〇兆円程度)にすぎない日本人の食費が仮に何倍になったとしても、それだけで五〇〇兆円のGDPを持つ日本経済全体が「インフレ」に突入するというようなことはありえません。
 それでは、貨幣供給を緩めて「デフレを脱却せよ」という主張はどうでしょうか。インフレを起こせとまでは言っていないのですから目標はやや穏当ではありますし、もちろんそういうことができればそれに越したことはありません。ですが、生産年齢人口下落→供給過剰による価格の下落→在庫が腐ることによる経済の縮小に対して、金融緩和が機能しないことはすでにご説明した通りです。事実、インフレを起こすことができていないのはもちろん、物価低落を防止することすらできていません。さらに言えば、現在生じている「デフレ」には、国内の諸物価が国際的な水準に向けて下がっているという面もあります。九〇年代から中国という巨大な生産者が立ち上がってきましたが、彼らの生産コストや国内物価は日本よりもずっと低いわけです。そういう存在が横にあれば、中国でも製造できるもの(非常に多くのものがそうですが)の日本国内での値段が国際的に標準的な価格に向けて下がっていくのは当然ということになります。これに対して国内だけで「インフレ誘導」を行っても、効果が期待できるとは思えません。貨幣経済に国境はないのです。

第8講 声高に叫ばれるピントのずれた処方箋たち より

30万部を突破した2年前のベストセラー書。ミクロの事象から、名目から詳細によくわか(ってく)る。全国を隈なく歩き回った著者の精密なデータから導き描き出される精緻な論は秀逸。イデオロギー論争や巨視的視点に陥りがちな私には、ついつい見落としがちな視点を思い出させてくれる良書。TOKYO自民党政経塾 第5期一般リーダーコースに於いても紹介される。
藻谷浩介『デフレの正体 ――経済は「人口の波」で動く』角川oneテーマ21

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

  • 作者: 藻谷 浩介
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2010/06/10
  • メディア: 新書



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