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リフレーション政策が誘発する恐慌 [読み物]

 そのような激烈な景気変動を緩和するためには、政策的な措置としては二つが考えらえる。ひとつは、産業間で労働は移動しないが資本が移動することによってある産業で非自発的失業が生じ、他方で労働に対する需要が過剰になる可能性があるが、それを防ぐため景気が不安定局面に突入する前に、貨幣賃金を引き上げ実質賃金の引き上げを行うのである。だが、市場価格が伸縮的でないのに何が適切な実質賃金であるのかを知るのは容易ではない。
 そこでいまひとつの策が、金融政策により、好況のうちに均衡利潤率に見合うよう貨幣利子率を引き上げること、つまり金融ひき締めである。これをハイエクは、「不況に先制攻撃をかける」と表現する。だがこれも、政治的には容易ではない。その事情につきハイエクは、のちにこう記している。


問題は、近い将来ある程度の失業を覚悟するかまたは、[一時的にそれが避け得てももっとあとにより大量な失業に追い込まれるか二つに一つの選択の道しかない状況のもとで、どうすべきかの答えを迫られているのです。私が何にもまして心配なのは、つぎの選挙のことばかり頭にある政治家たちが往々にして、APRES NOUS LA DELUGE[あとは野となれ………]的態度から問題を引き延ばして、より大量の失業を招く道を選びがちなことです。不幸なことに、かの英紙「エコノミスト」の記者のような論客たちもが、似たような議論を展開して、通貨量の増大がいぜん続いているさなかにリフレーション政策を唱道しているありさまなのです。


 ここでハイエクが嘆いているのは、不況になり金融緩和するようなリフレーション政策がとられがちになるのだが、それはむしろ利潤率と貨幣利子率の乖離を長引かせるばかりで、より深刻な恐慌を招き寄せかねないということである。ハイエクが敵視するのは財政政策というよりも貨幣政策、なかでも貨幣利子率を利潤率と乖離させ誤投資を生じさせるようなリフレ政策であった。このようにハイエクは、賃金や貨幣利子率の硬直性といった仮定が導入されたとしても、市場の本質的な機能は変わらないと見る。仮定をより現実的にしたとしても、ハイエクの資本理論には本質的には付け加えられるものはなかったのだ。
 だがそうしたハイエクの主張は、ケインズには届かなかった。それも当然のことである。というのもケインズが消費財需要の高まりが投資財需要を増加させると考えるのは、短期的に主要産業間で労働移動が生じないとか既存設備の利用はその目的に対し限定されるとか、貨幣賃金や貨幣利子率は硬直的であるといった条件だけからではなかったからだ。銀行融資がなかったとしてもそれ以上に資産市場で資本財産業への投機が行われれば、投資財需要が増加しうるからである。結局「リカード効果」は、ケインズの投資関数を批判するものであったが、資産市場における投機というもうひとつの論点を外した議論というしかない。

第四章 論争後の軌跡―『一般理論』と主観主義へ より
162頁~164頁
松原隆一郎『ケインズとハイエク 貨幣と市場への問い』講談社現代新書2011
<傍点部を、サイズを大きくし更に太字に改めました>
ケインズとハイエク―貨幣と市場への問い (講談社現代新書)

ケインズとハイエク―貨幣と市場への問い (講談社現代新書)

  • 作者: 松原 隆一郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/12/16
  • メディア: 新書


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コメント 2

prudence[i:3]旧越山会_5号機

総選挙に続き本年の参院選に於いてもアベノミクスが奏功・炸裂するのか!?

素朴に質す。
「所謂日本語の新自由主義」は、金融緩和?

ハイエクは金融緩和反対⇔フリードマンはマネーサプライ、でいいのかしら?
by prudence[i:3]旧越山会_5号機 (2013-01-02 12:57) 

prudence[i:3]旧越山会_5号機

マクロ政策では実現不可能な「インフレ誘導」と「デフレ退治」
http://tomokazu-sato.blog.so-net.ne.jp/2012-07-01

ケインズ『貨幣改革論』(一九二三)
http://tomokazu-sato.blog.so-net.ne.jp/2012-07-03
by prudence[i:3]旧越山会_5号機 (2013-01-02 19:30) 

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